JR東日本

1908年(明治41年)9月23日 - 横浜鉄道東神奈川駅 - 八王子駅間の開通時に、原町田駅として開業(地図)。
1910年(明治43年)4月1日 - 鉄道院が借り上げ。
1917年(大正6年)10月1日 - 国有化され、国有鉄道横浜線の駅となる。
1923年(大正12年)9月1日 - 関東大震災で駅舎が損壊する。
1972年(昭和47年)3月5日 - 開業時から行われていた貨物取り扱いを廃止。
1980年(昭和55年)4月1日 - 駅前の再開発に伴い、小田急線の町田駅側に移転し、町田駅に改称。
1983年(昭和58年)10月31日 - ターミナルプラザ開業。ターミナル口の使用開始
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、横浜線の駅はJR東日本の駅となる。
2001年(平成13年)11月18日 - ICカードSuica供用開始。
2005年(平成17年)9月20日 - 3番線誤乗防止のため上りだけメロディ変更。新しい曲は「スプリングボックス」。
2006年(平成18年)2月 - 改札内コンコースの延伸工事完了。エレベーター・エスカレータ専用通路使用開始(店舗は未開業)。
2006年(平成18年)4月 - 改札内コンコースにNEWDAYSBeck's coffee shopなどの店舗がオープン。
2009年(平成21年)10月 - 駅構内などに設置されている案内サインの大半が、新しい省エネタイプ(薄型反射透過フィルム型)に更新される。

小田急電鉄
1927年(昭和2年)4月1日 - 新原町田駅として開業。
1976年(昭和51年)4月11日- 町田駅に改称。
1976年(昭和51年)9月23日 - 町田駅ビル完成、小田急百貨店町田店開業。
2006年(平成18年) - 駅構内のリニューアル工事が完了。エスカレータの増設やトイレの改装などが行われる。
2008年(平成20年)4月 - 新CI導入に伴い、駅構内などに設置されている案内表示が新デザインに更新される。
駅名の由来 [編集] JR東日本 [編集]駅開設当時の「原町田」とは、駅所在地の地名から名付けられた。その後、駅が小田急町田駅側に移築された事に伴い、「町田」と改称された。当時横浜線の主力だった103系が町田行として走る場合の方向幕では、当初は「町田」に置き換えられずに「原」の文字だけ消されて「 町田」となったものもあった。

改称に際しては、国鉄は当初既に存在していた宮原線(1937年開業→1984年廃止)「町田駅」と駅名が重複していたことから、難色を示した。しかし、大阪府出身の当時の町田市長、大下勝正が、東北本線福島駅(福島市)と大阪環状線福島駅(大阪市福島区)の事例を取り上げ、「既に重複している例はある」と国鉄を説き、改称にこぎつけている。

小田急電鉄
「原町田」に新しく設置された駅という意味で「新原町田」として開設された。その後、町田市の玄関口として駅周辺が発展したことに伴い、駅の大規模改良工事完成を半年後に控えた1976年4月に「町田」と改称された。この際、町田市の中心駅なのに「原」というのが駅名に付くのは「おかしい」という意見もあったという。

明治時代に横浜鉄道(現在の横浜線)が開業した当初、原町田の中心地は現在の町田市立中央図書館などのある原町田二丁目付近であり、原町田駅もここに近い位置に設置された。大正後期より昭和初期の小田原急行鉄道(現在の小田急小田原線)の建設の際、元々本町田(現在の玉川学園付近)から成瀬・金森方面へ抜ける経路で計画されていた路線を原町田方面経由に変更した際、原町田周辺が多摩丘陵相模原台地の境界部であり、周囲には深く切り立った渓谷(芹ヶ谷戸、現在の芹ヶ谷公園)や高い丘陵を避けるため北西へ迂回したことになり、路線の開業時に新原町田駅は当時の市街地から離れた場所に設置されることとなった。現在でも玉川学園から相模大野にかけては急で長い勾配が存在する。その後、両路線や原町田が発展するようになり、国鉄横浜線小田急小田原線が事実上の乗換駅となったものの、2つの駅の距離は離れており、バス停留所もそれぞれ独立した場所にあったため、利用客などから駅を移設して乗り換えを便利にして欲しいという声が高まっていた。

大勢の乗り換え客がそれぞれの駅に向かって走るので、経路になった道路は通称『マラソン道路』(または「駆け足通り」)と呼ばれていた程である。そこで、町田市などは横浜線の駅を小田原線横浜線の交差地点近くに移設しようと計画したが、これに対して2つの間にある商店街が猛烈に反対を唱えた。というのも、乗り換え客の中には途中でこのような商店街に立ち寄る人も非常に多く、駅が移設してしまうとこのような客がいなくなる恐れがあったからである。その後も反対運動が続けられ、4千人を超える署名が集められた。その後の交渉で、現状のままにする。横浜線の駅を小田原線の駅に近付ける。横浜線の駅を小田原線の駅に隣接させる。の3案が出され、長い交渉を経て2.の案に決定した。

こうして横浜線の駅は移設することになったが、これは商店街の声も一部配慮したものであった。利用客はこの案を完全には喜んではいなかった。利用客は本当は3.の隣接案を望んでいたからである。連絡通路による乗り換えには約5分掛かり、ラッシュ時などはそれ以上の時間を要する場合もある。よって、利用客の中には乗り換えが不便という声も未だに存在する。しかし、現在両路線の町田駅周辺は移転当時よりも商業地として発展していることや、ラッシュ時以外でも多数の利用客によって自由通路やペデストリアンデッキの往来が困難になる場合があるほどの激しい混雑が発生しており、現状は連絡通路の長さが利用客による混雑の緩衝となっている面もある。

隣の駅東日本旅客鉄道
横浜線
快速
長津田駅 - 町田駅 - 相模原駅
各駅停車
成瀬駅 - 町田駅 - 古淵駅
小田急電鉄
小田原線
■特急ロマンスカー
「はこね」「さがみ」・「ホームウェイ」の一部および「メトロはこね」・「メトロさがみ」・「メトロホームウェイ」・「ベイリゾート」・「あさぎり」停車駅・「えのしま」通過駅
快速急行・■急行
新百合ヶ丘駅 - 町田駅 - 相模大野駅
■準急・■区間準急・■各駅停車
玉川学園前駅 - 町田駅 - 相模大野駅